価格の無常について

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」鴨長明の方丈記の有名な一節で、移りゆくものの無常をうたったものとされています。



話はいささか世俗的になりますが、株価も時々刻々と値を変えて株価ボードで点滅を続け、「とどまりたるためしなし」を実感させられます。株価というものはよどみに浮かぶ泡沫のようなものなのでしょうか。



価格が絶え間なく変わるのは市場で売りと買いがぶつかって、値付けが行われているからですが、個人、機関投資家、金融機関、海外投資家など市場への参加者の売買基準は異なります。

株価は企業の価値なのでその本質的価値に収斂してゆくはずですが、それでは企業の本質的価値とは何でしょう。色々な説がありますがここでは保有資産+稼ぐ力と考えておきます。前者の保有資産はバランスシートに出ているので誰が見ても同じ数字になります。



問題は後者の稼ぐ力。会社は経済活動をすることで利益を得ているので、長期的に利益を維持、成長させられる能力が稼ぐ力と言えるでしょう。市場参加者は企業の稼ぐ力に着目して売り買いの決断をしているはずですが、企業の稼ぐ能力判断は投資家によって異なるというのが実態です。株価が変動する1つ目の理由です。



株価を動かすもう一つの要因は需給関係です。例えば法人投資家なら決算対策の売買があるでしょうし、ファンドならファンド出資者の意向により左右されます。リーマンショックでファンド出資者からの解約が相次いだときには、返済資金確保の必要から本質的価値の高い銘柄から売却して返済資金を確保するということは実際に行われました。たとえ本質的価値が高い銘柄であっても売られざるを得ないという状況は往々にして起こります。従って、短期的需給関係による価格は株価の本質的価値とは無関係です。



市場で勝ち組となる秘訣は、企業の本質価値にこだわり続け需給関係による値動きに無頓着でいることだと思います。株価が下落したとき、株価ボードに表示されている価格が本質的価値より大幅に低いと判断できれば、思い切って買えばよいのです。いずれ株価は本質価値に収斂してくるので利益は自ずと買い手のものとなります。

人は市場の大幅な下げに直面した時恐怖にかられます。損失が拡大するのは嫌なので恐怖から逃れようという心理が働き、売却に走るのでしょう。しかしそのような心理に抵抗することが出来なければ勝ち組になることは難しい。そして下落の恐怖感から自由でいられるポイントは、保有する銘柄が市場で表示されている価格以上の本質価値があるという確信です。



価値と価格は必ずしも同じではありません。日常の買い物でも安くてお得とか、割高という判断をしているわけですが、この場合比較しているのは同じような他の製品であったり、これまで商品についていた値札だったりします。スーパーで大根を買うならこれでよいでしょうが、投資の世界に同じ感覚を持ち込むなら決して報われることはありません。この世界ではむしろ価格のウラをかくくらいがちょうど良い。そしてこのような行動を担保するのが「本質価値」判断なのです。

ピケティーの不等式

フランスの経済学者トマ・ピケティーは格差問題についてR>Gの不等式を使って説明しました。簡単に言うと、株式や債券等に投資をして得られる収益率Rは経済成長率Gよりも常に大きい。従って多くの資産を持つ人はますます富み、そうでない人との格差は広がる一方であるということです。



経済格差は様々な問題を引き起こしますから、是正されねばならないでしょう。問題はその方法です。ピケティーは税制変更による是正を提案していますが、実現は簡単ではありません。一方、上記不等式は「投資をしないことが格差を拡大する」と見ることも出来ます。投資の収益率が賃金の伸びより高いなら、会社から給料を得ているだけの人よりも、その一部を投資に回している人のほうが有利、ということをR>Gは示唆しているからです。



日本の現状は国民金融資産約1654兆円の52%以上が貯蓄に回っているので日本人は投資による収益率Rの恩恵を十分に享受しているとは言えません。日本人同士で比較すると、貯蓄だけの人と投資もしている人の格差は益々開いてゆくことを意味しています。



また、この貯蓄比率が13%である米国と比較すると家計資産の日米格差も益々拡大してゆくということになります。より直接的に投資収益率Rを表す、株、債券、投信への投資比率 で比較すると日本16%に対して米国51%となっています。米国に於いては、報酬における収入格差も大きいので投資にまわせる資産の大きさの差がそのまま格差拡大につながってしまい、そこは問題ですが、家計レベルでみると投資果実を半数以上の51%が享受しています。



日本においては、収入格差が米国ほど大きくはないのですが、投資収益を得ている家計が16%と極めて少ないことに問題があります。ピケティーの不等式が正しいなら、今後日本において投資が増えない限り個人間、国家間の格差は拡大してゆくことになるでしょう。投資をすることが格差是正につながるなら問題の解決法はより身近にある、ということになるのではないでしょうか。



*上記、国民金融資産は、資金循環表「家計の資産合計」の数値(日銀統計局2014・12)による。

潮目変化の読み方

現状の日経平均株価は2年前と比較すると約2倍(17,500/8,700=2.01)、ドル円の為替水準は2年前の約1.5倍(118/80=1.475)となっています。2年前に日本株やドルに投資をしていれば大きな利益を得ていたことになりますが、皆さんいかがだったでしょうか。



成果の良否は2年前に株やドルが上がると予測できたか否か、という1点にかかっていました。今、株価や為替がどうなっているかはマーケットを見れば誰にでもわかることですが、2年前にチャンスと判断して実際に投資行動を起こした人はそれほど多くはなかったようです。



変化に気付いていち早く行動に移し利益を上げるのは、残念ながらヘッジファンドを始めとする海外勢が中心となっています。彼等は2年前に潮目が変わったことを確信したのです。2年前彼等が着目したのは、第二次安倍内閣が3本の矢をもって経済政策を推し進めるという発表でした。



当時日本は、15年以上に亘るデフレ経済に慣れきっており、政策が変わったくらいで日本経済が好転してゆくと考えた人は少数派だったようです。アベノミクス政策発表直後のセミナー等で、日経平均は今後上昇すると思うか否かと尋ねてみたことがあります。上昇すると答えた人は圧倒的少数でした。



ではナゼ海外勢は積極的に日本買いに転じたのでしょうか。彼等はこの政策によって日本の経済成長が実現でき、デフレ経済から脱却できると考えたのだと思います。アベノミクスの本質はGDPの構成要素(消費、財政投資、設備投資、貿易収支)に3本の矢(金融政策、財政政策、成長政策)を打ち込むことによってGDPを上昇させることにあるはずです。日本経済が成長すれば、日経平均は上昇するというロジックで日本株に大量の買いを入れてきたということでしょう。



日本に住み日本人の頭で考えていると、往々にして大きな潮目の変化を発見し損なうことがあります。人間は過去の延長線上でモノを見る習性があり、そうすると潮目は見えません。変化に気付いて利益を獲得するためには外国人の目を持って外から日本を見るということが有効です。